花ぞうきん
山形県米沢市で今も、
受け継がれている原方(はらかた)刺し子。
麻や木綿しかなかった江戸時代。
刺し子は糸を刺すことで
布地を丈夫にし、暖かくした。
原方刺し子の代表といわれる「花ぞうきん」。
こすられ、水に入れられて、しぼられ、ぼろぼろになる運命のぞうきんに、女性たちは蜂の巣(亀甲)のような形の枠をとり、さまざまな文様を刺した。つくったのは、武士でありながら農業を担った原方衆という武士の妻たち。
財政難のため、武士でも質素で貧しい生活を強いられた上杉藩。その中でも刀を鍬に持ち替え、半農半士となった原方衆(はらかたしゅう)は自給自足に近い生活で着る物もままならない貧しさだった。女性たちは布と布を重ね合わせ、刺し子をして布を使い続けた。
針目は夫の出世や子どもの健康を願った美しい文様となり、そこに裃(かみしも)の柄が刺され、花ぞうきんが出来上がった。
縦、横、斜めの糸でつくる幾何学文様。
原方刺し子は六十種類ほどの刺し方が伝わっている。
基本的な刺し子にアレンジを加えた
遠藤きよ子さんオリジナルの刺し方が、くぐり刺し。
まず一方向へ針を刺したら、糸こきをする
(指の腹で糸をしごき、布がひきつらないようにする)。下地となる刺し方が終わったら、次は布地の方向を変え、下地の糸に針のお尻から糸を通していく。
くぐり刺しのやり方
原方刺し子に四十年以上、取り組んでいる遠藤きよ子さん。「武士の妻たちが一針一針に、誇りと意地、家族を護りたいという愛情を込めた原方刺し子。その技術と想いを伝えたい、知って欲しい」と自宅に「刺し子工房創匠庵」をつくり、原方刺子を伝える教室を開催している。
刺し子教室は二週間に一度、開催されている。
生徒の層は幅広く、基本の刺し方をマスターしたら、新しい刺し方を考え出している。
この日は、今年のお盆期間に道の駅で展示する
作品をみなさんで製作。
「私はうさぎ年だから、今回はウサギとカメをテーマにしたタペストリーをつくってるんだ」と遠藤さん。
遠藤さんが原方刺し子に出会ったのは、米沢織の機屋に嫁いでから。工場掃除用のぞうきんを、毎週25枚も縫っていたそうで、やっていくうちに手が早くなり、少し手の込んだものをつくってみたいと家庭科の教師だった姑に話すと、「原方刺し子というのもがある」と教えてくれたのだそうだ。
昔は原方衆の妻だけが、刺すことを許された原方刺し子。遠藤さんの先祖も原方衆だったことがわかり、「詳しいことを知っている人はもういない。守るのは私かな」と感じたそうだ。
それから四十年、遠藤さんは個展や教室、
ワークショップの開催を行い、原方刺し子を伝えてきた。その長年の活動により、原方刺し子は日本をはじめ、アメリカやイタリア、中国など海外でも評価を受けている。
文様は原方衆の
暮らしにまつわるものから考案された。
稲や麻、紅花、柿。
銭やそろばんなどもある。
花ぞうきんには裃(かみしも)の柄が刺されていた。「ぞうきんと言っても、これは足を拭くためではなく、貧しい暮らしをしているけれど、
ここは藩を支えている武士の家なのだという、
自分たちの心意気だったのでしょう」と遠藤先生。
花ぞうきんをタペストリーにした、
遠藤先生の作品。
こちらも遠藤先生の作品。
絹のつむぎに絹糸で
原方刺し子を施したもの。
描かれたのは敷き松葉。
教えてくれた人 / 遠藤きよ子さん
米沢市生まれ・在住。米沢織の旧家に嫁ぎ、刺し子を始める。地元に残る原方刺し子の研究を行い自らの作品を発表。アメリカやフランス、中国など海外で刺し子の展示や講習会を開催。2023年冬からフィンランドで作品展示予定。